ラテックスものがたり① はじめてヨーロッパにゴムを伝えたのはコロンブスだった

SO SAN STYLE(ソサンスタイル)はラテックスマットレスの専門店です。

今週末よりSO SAN STYLE(ソサンスタイル)では「至福のマットレスシステム体感フェア」を開催します。
そこで、ラテックス(ゴム)について少し勉強してみようと思います。

ラテックスとは

ラテックスマットレスの原料は天然ゴムの樹液です。
ゴムの木の幹に傷をつけてミルクのような白い樹液を採取します。
この樹液のことを「ラテックス」といいます。

日本の家具・寝具の業界ではラテックスマットレスはあまり知られていませんが、医療の世界ではかなり知名度があります。
褥瘡(床ずれ)予防のマットレスとして病院のベッドで使われています。
また、お医者さん、歯医者さんの手袋はラテックスです。

ラテックスマットレスの先祖はアマゾンの森林?

ラテックスを採取するゴムの木は熱帯・亜熱帯地域のプランテーション作物として、主にマレーシア、インドネシア、タイ、インドで多く栽培されています。
ただし元々のゴムの木はアメリカ大陸原産の樹木で、19世紀終わりから20世紀初頭にかけてイギリスがブラジルのアマゾンから持ち出した種子をロンドンのキューガーデン(世界遺産)で発芽させ、その苗をマレー半島に持ち込んでプランテーションで生産させました。
19世紀まで世界最大のラテックス輸出国であったブラジルは、乱暴な採取からアマゾンのゴムの木は衰退し、20世紀の初めにかけて産地はイギリス植民地の東南アジアへと移っていくことになります。

ゴムの木の実と種子

コロンブスは新大陸だけでなくゴムも発見していた?

西インド諸島の今のハイチから先住民が遊んでいたゴムボールを、ヨーロッパに持ち帰ったのが1493年に二度目の航海に出たコロンブスです。
先住民は手袋や靴、コップ、防水布等をつくり、ラテックスはすでに生活の一部分でした。

船舶での長時間輸送ができなかったことから、ヨーロッパではしばらく商業的価値のなかったラテックスですが、1770年に入ってイギリスで生ゴムの塊が鉛筆の文字を消せることが発見され「消しゴム」が発明されました。

それから100年以上後の東南アジアでプランテーションが始まった頃、ゴムは車輪に取り付けられるタイヤとして、そして軍事用素材としての需要が大きくなっていきました。

合成ゴムの開発はドイツのヒトラーのおかげ?

天然ゴムに対して合成ゴムがあります。
1914年に第一次世界大戦が始まるとイギリス艦隊に海上を封鎖されたドイツはラテックスの供給が途絶え、合成ゴムの開発が急がれました。
そしてヒトラーのナチス政権が樹立された1933年、石炭と石灰で合成ゴムの開発に成功、軍事用車両等の需要で量産されていきました。

「ブリヂストン」は久留米の足袋屋

日本においてはブリヂストンの創始者、石橋正二郎は福岡久留米の足袋屋でしたが、ゴム底地下足袋で大ヒットし、タイヤメーカーへと転身しました。
その後、ブリヂストンは運動靴、自転車そしてゴルフボールとゴムの活用を広げ、2005年にミシュランを抜いて世界最大のゴム関連企業へ成長していきました。

参考資料:世界史の窓
イラスト:ACイラスト


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